再録:2026年1月5日
東日本大震災リポート 通巻№36 「宮城県石巻市の夏祭りに参加して」 2018 09-12 記 松岡 幸雄 |
| あの「3・11」から7年5カ月後の8月20日、私は、また石巻市を訪ねました。1年前の3月11日「7回忌」が行われた慰霊祭以来です。いつものように 寝袋・着替え少々・洗面用具・軍手・カメラなどを詰めたリュックを背にし、右手にはマジックの道具を入れた「?マーク」のケースを持って出かけました。 ● 仙台からの車内の掲示板に・・・ 新
所沢・本川越・川越・大宮駅から東北新幹線「こまち」で仙台に。そこから「仙石東北ライン」の快速に乗り換えて約1時間で石巻駅着。自宅を出てから約5時
間。この電車内で目に留まったのは「津波警報が発表された場合のお願い」というしっかりとした掲示板でした。①乗務員の指示に従って落ち着いて。②避難は
しごの組み立てや降車の補助に協力のお願い。③線路に降りたら・・・。もう一枚の掲示板には「車外へ出る場合」として「はしごを使わない場合」「はしごを
使う場合」と分けて、4枚の写真と丁寧な説明が書いてありました。 ★ 石
巻駅から街並みをじっくり見たくて目的地のお寺まで1時間ほど歩きました。一見すると、きれいな建物と看板やのぼりなどで賑わっているようで、何もなかっ
たかのようでした。しかしよく見ると歯が欠けたようにぽっかりと空き地があり、後継者がいないのか? 売りに出された土地なのか? 日本の多くの地方都市
ではよく見かけますが、とても寂しい思いになります。 ● 祭りが始まっていました~~ あの日の翌年から大変お世話になっている松巌寺(石巻市湊町)の広い境内は、
全国から寄せられた「黄色いハンカチ」が数珠つなぎのロープで張り巡らされていて、大きな太鼓の音に圧倒されて、すごく盛り上がっていました。
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その後の「反省会」は、ボランティアと被災者を交えた30人程で、お寺の宿坊で賑やかにしかも真面目に行われました。被災者で、こうしたイベントに毎回手
伝ってくれている若者からおばさんまで何人もいました。私のマジックを知っていて待ち望んでいた方もいて、「心の復興」の一助になっていることを肌で感じ
てとてもうれしかったです。 ● 復興住宅が、どうして浸水区域に?
私は不思議でした。大きな船が横倒しになっていた「浸水地域」に「復興公営住宅」があちこちに建てられ、そこに入居することが、この2~
3年間、どうしても理解できなかったのです。「津波で我が家を流されて壊されて、多くの親族や知人が亡くなった所なのに、どうしてそこにまた住むのですか?
もっと安全な所に・・・と考えないのですか?」と。 今回もまた、充実した時間と、いつまでも心に残る旅でした。 (2018・9)
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