再録:2026年1月5日
| 2017 8-15 記 小平佳子(楽悠クラブ) 「カサブランカ」の街 日本からは西の果てモロッコを旅行してきました。「お一人様参加限定の旅」に魅かれて参加してみようかなと 思ったのです。羽田からゴビ砂漠の上を飛び、ドーハで乗り継いで地中海の上を飛んでモロッコです。 降り立っ た地はヤシの木が異国情緒を誘うカサブランカ。カサブランカはモロッコの空の玄関口で経済都市。港町でもある ので古くはアラブ人の海賊の拠点や貿易港として発展しました。ハンフリー・ボガードとイング リッド・バーグ マン主演の名画「カサブランカ」に自分が居ることに感慨ひとしおでした。映画「カサブランカ」の頃の面影を思 わず探しましたが、75 年も前の映画であり、今は高層ビルが立ち並ぶ街に変化して、 近代都市と古いモロッコ 文化がミックスするアンバランスさがこの街の魅力とか。「ムハンマド 5 世広場」「ハッサン 2 世モスク」 を 見学。 「ラバト」はモロッコの首都。世界遺産にもなっていて「庭園都市」という別名にふさわしく街は緑が多 い。ラバトからシャウエンへ移動。進行方向の左側は大西洋。高速道路の両側はコルクの森、ユーカリの林さらに 菜の花のようなマスタードの黄色い花畑が見えます。道端を馬やロバが牧草など荷を一杯積んだリヤカーを引いて いました。青い街「シャウエン」では「メディナ(旧市街)」「グランドモスク」を観光。街全体の建物が青と 白で統一されていてとてもきれい。 シャウエンからフェズへのバスの車窓からは珍しいウチワサボテンやオリー ブ畑、オレンジ畑などが延々と続いていました。
世界遺産「フェズ旧市街」 フェズは 1000 年以上も前に建設された街並みが今も 残っていて、日本でいう京都、奈良のような街。世界一 とも言える迷路の街で通路はとても狭く、ロバや馬も行きかう。 雑多な街であらゆるものを売っていますが、さ まざまな匂い、臭いもすごいのです。フード付きの長着・民族服を着たベルベル人が行き交うフェズの街は異国情 緒たっぷり!フェズブルー(濃い群青色)の陶器も有名です。フェズから砂漠の入り口、オアシスの街エルフード へ向かうバスからの風景はがらりと変わり緑が少なくなり、2000m級のアトラス山脈を越える時にはみぞれが降 りました。この高い山脈の壁が地中海の温暖な空気を遮断し、サハラ砂漠がはるか南へと広がるのです。
砂丘をラクダに乗って サハラ砂漠の「メルズーガ大砂丘」。幻想的なサハラ砂漠の日の出観光のため朝4時に起き、いざ砂漠へ。真っ 暗な礫砂漠の中を車で30 分走ります。ラクダに乗りかえ砂丘をとぼとぼと30 分。日の出は残念なことに曇りで 霞んでいましたが、ラクダ 使いのベルベル人が頭にターバンを巻いてくれたり、民族服を着せて写真を撮ってく れたり、絨毯で砂丘の滑り台をしてくれたりのサービスがうれしく、とっても楽しかったです。ラクダに乗って帰 る時は周囲も明るくなり、一行17 人が一列になって砂丘を進む姿は幻想的で、思わず 「♪月の砂漠をはーるば ると・・」と口ずさみました。 モロッコの旅の楽しみの一つはラクダに乗ることで夢がかないました。こぶがあるのですが意外と乗り心地は良 く目線も高くなり、赤茶けてどこまでも広がる砂丘をラクダに揺られてロマンチックな気分でした。
カスバ街道 「カスバ」とは要塞、砦、城郭のことですがアトラスの南では館の形態でした。街道沿いに大邸宅が 立ち並んで いるので「カスバ 街道」と言うのです。「カスバの女」(♪ここは地の果てアルジェリア・・)を思い出しまし た。昔この大邸宅には一人の夫と4人の妻がファミリーをなし、40 人位の 住まいだったそうです。因みに今は 一 夫一婦制とのこと。 モロッコを旅してモロッコの人々はのんびりくらしているように見え、「何が幸せなのか 」を考えさせられてしまいました。日本の幸福度は 51 位というニュースに妙に納得! たったの 8 日間という駆 け足旅行でしたが食事(タジン鍋料理が美味しかった)、建築(タイル装飾の美しさ)、風俗、宗教、歴史に少し 出会え、異国文化を存分に楽しんだモロッコ旅行でした。今回初めて海外旅行に一人参加してみたのですが、出か ける前の不安はどこえやら、楽しくてやみつきになりそうです。 映画「カサブランカ」のラスト、飛行場でボガ ードがバーグマンに語りかけます。『君の瞳に乾杯』と。私は快適だった一人参加の旅に『乾杯!』 注(この原稿は「さんさん会ニュース」に投稿したものに加筆、修正したものです。) |