再録:2026年1月5日
東日本大震災リポート 通巻№39 福島県からの避難者が、都内に・・・② 2019 11-07 記 松岡 幸雄 |
| ここ江東区東雲にある40階ほどの超高層マンションには、大震災と東京電力第一原子力発電所の暴発によって、その近くに住んでいた自主避難者と強制避難者の多くの方々が、今も生活をしています。 江東区社協が運営し、お世話をしています
特に「しののめサロンだより」(写真)の発行は大きな役割があります。サロンではマジック・体操・指圧・戸別訪問・キッズ等を案内しています。また臨床心
理士との相談では「避難先に定住したい」「転居先は不安だ」「仕事がなく生活が苦しい」「仲間づくりがしたい」等の悩みや不安への対応をされています。
心の健康・「笑顔を」忘れないで・・・ 「顔 見知り」の方が多いので、マジックを演じる時は、とても気楽に大きな笑い声や「エー?」とか「ヤジ」が飛び交います。漫談を交えた演技中に「あ、ヤミして る」「え? 今なんて言ったの?」他の方が「ゴマ化すことだよ」と声が飛び出すと大爆笑が起こり、皆さんとの言葉の「掛け合い」で大いに盛り上がりまし た。マジックで心が和んだためか、テーブルを囲んでの笑いが絶えない楽しい会話は、私にとって最高にうれしいひと時です。この8年間、ボランティアを続け てきた「原動力」は、こうした避難者との「心のふれあい」です。そっと出していただいたコーヒーは、とてもおいしかったです。 ・何度も私と話をしている浪江の方は、「今は孫と一緒に住んでいて、その世話などで生き甲斐を感じているの」。 ・その方の隣に座っていた元気な奥さんは「ここで知り合った大の仲良しの人と、この先、別れるのが辛いのよ」。 ・私に「私は、今、一人なので寂しいの。話し相手に家に来てほしいわ」との声で大笑いになりました。(そう言われて、うれしかったです) ・「ここを出たら、浪江町出身だけども、いわき市に家を建てて息子夫婦・孫と住むの。けれども、ここで出来た友達がいなくなるのが、また寂しいわ」等。 皆さんは、「ここを出た後の人生を、どう生きたらいいのか?」原発事故で翻弄させられてきた人生を、とにかく懸命に生きようとしています。その「心の内」を、痛いほど感じさせられた訪問でした。 帰り際に、江東区の社会福祉協議会の職員から「ここに居た方が、さっき『心の底から笑ったわ』と言ってましたよ」と、私に伝えてくれました。「あ、やはり、ここにまた来てよかった」と強く感じながら帰路につきました。 ◆ 「追伸」10月11日、 ようやく最高裁の最終判決が出ました。宮城県石巻市立大川小学校の津波被災をめぐる訴訟は、「遺族の勝訴」で確定しました。私は元教師として最初から強い 関心をもって見守ってきましたので、とても喜ぶべき内容だと同時に、今後の「組織を挙げた事前防災」が厳しく求められます。2014年、このリポート第7 号で「這ってでも山に登れ$203C」と臨機応変な対応をすべきだったとの思いで、崩れた校舎前の祭壇に合掌したのを思い出しました。 ◆ ◎復興支援ソング 「花は咲く」 (№38からのつづき) 夜空の向こうの 朝の気配に わたしは なつかしい
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